三橋たつお公式ブログ

岐阜市をやさしくあたたかく

残すべき物、伝えて行くべき事

 自民党ぎふ政治塾の第1期第3回講座は、東日本大震災の発生した2011年、11月12日に開催されました。自民党が国政では野党の時期です。

 第1部の講座は、静岡県選挙区選出の参議院議員岩井茂樹先生に「『現場監督から政治の道へ』~なんで議員になれたのか~」をテーマにお話しいただきました。

 岩井茂樹先生は、民主党への風が強く吹いていた2009年に参議院静岡選挙区の補欠選挙自民党の公募候補として出馬。その際の惜敗率によって翌2010年の参議院選挙でも自民党公認として立候補され、見事当選された先生です(講義ノートの先生の発言から抜粋)。

 講義は、当時の国政に加え、御自身の初当選に至った経緯を事細かにお話しいただいたと記憶しています。

 中でも私が鮮明に覚えているのは、先生が当選前の政治活動から今なお続けて使われているキャッチフレーズの「保守一徹」という言葉です。
 その言葉に関する思いについては岩井茂樹先生のホームページなどに詳しく掲載されていますのでご興味のある方はそちらをご覧ください。

                 ※ ※ ※

 「保守」という言葉は、マスコミにおいてもここ数年はあまり使われていないように感じます。
 1955年、自由民主党は秩序の中に前進を目指す保守政党としてスタートし(立党宣言)、現在に至っています。
 情報リテラシーに関連して、信頼性の点でとかくやり玉に上がるwikipediaで「保守」を検索すると「保守または保守主義とは、従来からの伝統・習慣・制度・社会組織・考え方などを尊重し、革命などの急激な改革に反対する社会的・政治的な立場、傾向、思想などを指す用語。保守と保守主義では意味において若干の相違がある。」などと出てきます。
 今の自民党の「保守」は、wikipediaの表現とは後半部分がまったく異なり、「従来からの伝統・習慣・制度・社会組織・考え方などを尊重しつつ、時代の変化に応じて日本をより良くする『ゆるやかな』改革を続ける」ものであると私は理解しています。
 ともあれ、保守政党である自民党が、戦後の日本をリードし、国の発展を導いてきた点は紛れもない事ではないでしょうか。

残すべき物、伝えて行くべき事

 ところで、かなり以前の話になりますが、旅先の宿で見たTV番組で、沖縄県に住む高齢の男性がインタビューに答えられているのを見ました。
 その男性は、
 「私がかつて住んでいた集落の一部は、今は米軍基地となっている」
 「その米軍基地内に、集落にとって重要な心の拠り所である拝所がある」
 「米軍はその拝所をそのままの形で残し、年に1回程度であるが、かつての住民はその拝所へ立ち入る事ができる」
 「これが日本の企業などであったらどうだろうか。おそらく拝所は破壊するなどされ跡形も残っていなかっただろう」
 「実際、沖縄では、民間企業などが土地を取得してビルなどが建ち、昔の面影がすっかり姿を消し去られた場所が数多くある」
 といった事を述べ、基地問題がどうこうではなく、『とかく経済優先となりがちな日本の在り方』に問題提起をされていました。

 私は、この男性の声を、「残すべき物、伝えて行くべき事のある」重要な戒めとして、決して忘れないようにしたいと思っています。

 

 第2部のディベート実践セミナーでは、金子一也松下政経塾政経研究所所長(当時)に訓示をいただいた後、前回に引き続きグラフォロジーコンサルタントの丸山静香先生に教えて頂きました。

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塾生として聴講した2011年10月30日開催の麻生太郎先生の講演会(瑞穂市

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野党の時期でありましたが、会場は大変な熱気に包まれていました

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後日、麻生先生と

※「政治塾で学んだ事」は、私が当該政治塾で学んできた事を私個人の記憶にもとづき記述したフィクションの一種です。記載内容は講義内容などに関する私の主観的な回顧と感想であり、真実とは異なる部分も多々あろう事をご容赦ください。

 

ミニ集会を開催しました!

 主に地震時の減災をテーマにミニ集会を開催させていただきました。

 出席者の皆様より積極的にご意見をいただき、勉強会はむしろ「私が勉強させていただく会」となった次第です。
 ご出席いただきました皆様、心よりありがとうございました。
 集会は今後も定期的に開催させていただく予定です。

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めざせ1000万人回復、岐阜市の観光入込客数

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メディコス立体駐車場屋上から見た金華山(電線が気になりますね)

 毎年公表されている岐阜県観光入込客統計調査によれば、岐阜市の平成29年の観光入込客数は977万人にとどまりました(数字は万人未満切捨、以下同)。
 平成27年(1045万人)と平成28年(1033万人)に2年連続して1000万人を突破していただけに少し寂しい気がします。

 

岐阜県観光入込客統計調査
   ↓   ↓   ↓
https://www.pref.gifu.lg.jp/sangyo/kanko/kanko-tokei/

 

 多くの観光客を招き入れる事は、観光業の隆盛につながる他、岐阜市の魅力を知って貰う事で移住者の増加も場合によっては見込めます。
 岐阜市への内外の認知度(人気)が高まる事で市民の地元に対する愛着や誇りも増す事でしょう。

詳しくは検証されていない入込客数減少の理由

 観光客数減少の理由については、天候やインバウンドの構成の変化(中国人団体客の減少)などを理由として挙げる文書が県や市の資料に数多く見られますが、さらに深く減少理由を調査・考察しているものはほとんど皆無なのが非常に残念です。

 岐阜市は、岐阜城や鵜飼、清流長良川をはじめとしたちょっと素敵な観光資源に事欠かない一方、京都や東京などの「放っておいても人が集まる」いわゆるキラーコンテンツ的な資源は持ち合わせていません。
 様々な方々の努力の結果として、岐阜を訪れてくださった方が1000万人を突破していたはずです。
 その努力の結晶ともいうべきものが、ただ何となく「減少」していってしまうのはやるせなくなります。

 一般的に、お客様を増やす事は非常に大変な一方、お客様を「減らす」事はいとも簡単に進んでしまいます。
 入込客数が減少に転じた今、観光客の皆様へのアンケート調査などによって減少の芽が摘まれる事を切に願います。

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2017年、おもてなしの準備をする鵜飼観覧船の船頭さん他の皆さん

岐阜市をもっと訪れてもらうために

 岐阜市は、「『信長公のおもてなし』が息づく戦国城下町・岐阜」として日本遺産第1号に認定されました。
 とはいっても、「おもてなし」の心は、岐阜市だけが持っているものでは決してありません。日本各地で今も育ち息づいています。
 さしあたっては「おもてなし力」の維持・向上につとめてみるのも良いでしょう。

 「おもてなしマイスター」とでも言えば良いでしょうか。経済産業省は2016年から「おもてなし規格認証」の運用を開始しています。
 2018年の岐阜県の「おもてなし規格認証」への登録事業者数は、自己適合宣言するだけで登録できる「紅認証」が県全体で973件。お客さまの期待を超えるサービスの提供者(第三者認証【有償】)である「金認証」を受けているのは高山市の2事業者のみ。さらに上位の紺認証は本巣市の1事業者。最高位の「紫認証」にいたっては認証を得た岐阜県の事業者はゼロです。
 我こそはという事業者の皆さんの奮起を期待させてください。よろしくお願いします。

 

おもてなし規格認証
  ↓  ↓  ↓
https://www.service-design.jp/f:id:akarui_mirai:20181127184054p:plain 最後に、
 先日、街を歩いていると、
 「●●の店で法外な値段を請求された」
とか
 「TVで私の働くお店が紹介されたのだけど、紹介された直後に多くのお客様が来店されて、おもてなし(接客)がおろそかになってしまった」
といった声が聞こえてきました。
 断言しますが、私は、「嫌な思い」をした所には自分からは進んでは二度と足を運びません。
 そうした「嫌な思い」の積み重ねが、岐阜市への観光入込客数を減少させている原因のひとつとなっている可能性もあるのではないでしょうか。



沖縄に行ってきました

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守礼門

 沖縄は仕事や家族旅行で何度か出かけています。
 定番のレジャーや観光も良いけれど
 私はできるだけ時間を作って、ひめゆりの塔普天間なども訪れるようにしています。
 イデオロギーとかは関係なく、その場を実体験し、感じる事は非常に大事だと思っています。

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嘉数高台公園の展望塔

 宜野湾市にある嘉数高台公園は、沖縄戦時の激戦地で日本軍の「トーチカ」跡や弾痕などが今なお保存されています。地球儀型の展望塔屋上からは普天間基地が一望でき必見です。
 那覇市内から嘉数高台公園へ車で移動する際には、米軍基地ゲート近くで基地反対運動をする方々の様子を見る事ができる他、嘉数高台公園の展望台を訪れた際には基地反対派や政治家とみられる人、訪問者をただただ目つき鋭く監視している風の人などとすれ違った事を覚えています。

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展望塔から見える普天間基地と周辺市街地

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望遠ズームするとマスコミ写真のような基地の風景が撮影できます

 ひめゆりの塔は、花を供えて合掌後に平和祈念資料館を訪れます。
 少し足を伸ばすとひめゆり学徒が配属された「沖縄陸軍病院南風原壕群20号」なども見学できます(要予約)。

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ひめゆりの塔

 平和祈念公園には、平和祈念資料館、平和の礎、各県沖縄戦関係慰霊塔などがあります。
 岐阜県の慰霊塔もあり、太平洋戦争中に沖縄、南方諸地域で戦没した岐阜県出身者26,853名以上、うち沖縄戦での戦没者1,000名以上が慰霊されています。

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平和の丘から見た平和記念公園

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公園案内図

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⑳番に「岐阜県の塔」の案内があります

 平和の礎には国籍を問わず、沖縄戦に関連して亡くなられた方々の氏名が刻名されており、ここにも岐阜県出身の方々の氏名を見る事ができる他、米軍戦死者の氏名なども数多く記名されています。

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「平和の礎」の近景

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平和祈念資料館からみた平和の礎

 私が訪れた際に限れば、平和祈念資料館の来場者などは米軍関係者とその家族とみられる方の方が日本人以上に多い印象で、ただ平和を唱えるだけになりがちな私達以上に過去の戦争を見つめる姿勢が米国人にはあるのだなと実感した事を覚えています。

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平和祈念資料館

 少し気分を変えるなら、金峯山観音寺を訪れるのも良いかもしれません。

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戦火を免れ、戦前の木造建築で残る金峯山観音寺

 境内には鍾乳洞もあり、鎮守の「金武権現」と「水天」が祀られています(私が参拝した際には鍾乳洞の奥の方まで拝観可能でしたが、今は不可のようです)。
 ここを訪れた際には、地元住民の方々に交じって参拝する事で、日本人同士、気心が通じ合えた気がした事を覚えています。

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鎮守の「金武権現」様と「水天」様

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鍾乳洞天井近くの鍾乳石

















 

「株式会社カイラス遊技問題研究所」ってどんな会社なの?

「株式会社カイラス遊技問題研究所」ってどんな会社なの?

 最近、私が代表取締役をつとめている会社について、こんなご質問をいただく事が多くなりました。

 社名にある「遊技」とは、主に「パチンコ」「パチスロ」の事を指しています。
 パチンコ産業が数多くの問題を抱えている事は皆さんもご存じの事でしょう。
 私がそれらの問題に初めて関心を持ったのは1990年代の事です。店舗から廃棄された遊技機(パチンコ台)が廃棄物としてきちんと処理されず、いわゆる「野積み」されて放置されているケースが多数あった事でした。当時、岐阜県にも大量の「野積み」があり、社会問題化したと記憶しています。
 市場規模が30兆円を越えていた時期もある巨大産業が、社会的・道義的責任を果たすには何をすべきか。
 その問題解決の一助となりたい。その思いから社名を「遊技問題研究所」としました。
 「カイラス」はチベット高原にある山の名前から引用させていただいたもので、チベット仏教などの聖地となっている山です。須弥山(しゅみせん)にたとえられもいるようです。

 当社が扱ってきた問題のうち、パチンコに興味のない方々にも関わるものの代表例は、
●「子供達が車内に放置され、最悪の場合には死亡事故に至ってしまう問題(車内放置、車中死事故)」
●「ギャンブル依存の一種と呼ばれる事もある、『のめりこみ』に関連した本人やその家族に関する問題」
でしょう。
 いずれも、問題解決に向けた業界内での取り組みがペースはやや遅く感じますが着実に進んでおり、大変よろこばしい事に感じています。

 会社は2002年設立。経営者に外国籍の方も少なくない業界で、日本人との考え方の違いを痛感させられる事がしばしばながらも、今年(2018年)でおかげさまで創業16年になります。

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社名の由来のカイラス

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パチンコ依存問題相談機関「リカバリーサポートネットワーク(RSN)」のポスター

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15年以上のお付き合いとなる「RSNの西村直之代表と私」

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パチンコ店などに貼られている「車内放置防止ポスター」(例)

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パチンコ店組合公表の車内放置防止活動関係の状況